【移住者インタビュー】海の風に吹かれ、山の木を挽く。中土佐町で見つけた、急がない生き方。

  • 氏名 永井 倫太郎
  • 移住した年 2025年
  • 出身地(県) 埼玉県(山梨県から移住)
  • 世代 40代
  • 現在の職業  地域おこし協力隊(熊岡製材所事業継承)
  • 移住前の職業 建具、家具職人
  • 現在の居住地域 上ノ加江地区

太平洋を望む漁村エリアに暮らし、山に抱かれた標高300メートルの里山エリアで働く。そんな鮮やかなコントラストを好んで移住したのが、2025年7月から大野見地域の「熊岡製材所※」で地域おこし協力隊として活動する永井倫太郎さんだ。(※製材とは​​山から伐採・搬出された丸太(原木)を、切断・加工し、柱、梁、板材などの製品にすること)

 

埼玉県出身。20代は東京でアパレルやアウトドア用品の販売、スポーツバイクの仕事に携わってきた。もともと「ものづくり」への関心が強く、4年ほど前に山梨へ移住。家具職人としての道を歩み始めたが、そこで一つの壁にぶつかった。

 

「家具づくりはお客さんと向き合い、対話の中から形にする仕事だと思っていた。でも、実際の現場では効率や『作りやすさ』が最優先。そこに疑問を感じても、変えられる余地はほとんどなかった」

 

生活面でも、近所とは挨拶以上の関係が広がらない。仕事にも地域にも手応えを感じられないまま、次第に「ここで長く暮らすイメージ」が持てなくなっていったという。

 

一度立ち止まろうと、仕事を辞めて西日本の海沿いを巡る旅に出た。そこで目にしたのは、朝の静かな浜辺を散歩する人々の姿。山に囲まれた環境で暮らしてきた永井さんにとって、その光景はあまりにも開放的で、強く惹かれた。

 

「海のある町で暮らしたい」。その想いを胸に移住先を探す中で出会ったのが、中土佐町だった。決め手は、町が発信する情報の分かりやすさと、何より「熊岡製材所」の事業継承をミッションとした地域おこし協力隊の募集だった。

夫婦で長年営んできた小さな製材所は、いま後継者を探していた。

「ここなら、効率だけではない、自分の思い描くスタイルで木と向き合える」

 

永井さんはそう直感し、この町の門を叩いた。

現在の住まいは、海まで歩いて5分の上ノ加江地区。そこから車を30分走らせ、山あいの大野見地区にある仕事場へ向かう。休みの日は海辺でのんびり過ごし、仕事は山で切り出された木を相手に汗をながす。

 

「片道30分は近所感覚。山と海の、この贅沢な距離感こそが、中土佐町ならではの魅力ですね」

 

かつて感じていた「地域との距離」も、ここでは違う。小さな製材所だからこそ、師匠である夫婦や地域の人々との距離が近く、自分の役割がダイレクトに伝わってくる。

今の目標は、単に技術を習得することだけではない。

「将来は家具や建具も手がけたい。でもその前に、四万十ヒノキという素晴らしい素材を守る『熊岡製材所』を存続させることが先決」

 

古民家の再生や地元の大工との協働など、やりたいことは尽きない。けれど、先を急ぐつもりはない。

 

「やれることは、まだまだある」

その言葉の端々からは、何十年もここで積み重ねられてきた製材への敬意が伝わってくる。





インタビュー&写真&文章 鈴木弥也子